英語を話すために

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英語を話すために

英語を話せない原因を突き詰めていくと、話すべき英語が思い浮かばないとか、英語を聞いても自分の記憶の中ではその音は認識でき無いとか、自動化された英語の絶対的な記憶量の不足である事を説明しました。それでは自動化するために記憶量を増やすのはどうしたら良いのでしょうか。またどのような事を覚えていけば良いのでしょうか。話すための秘訣は英語をいかに、たくさん覚えて、必要な表現を思いだせるようになるかどうかです。そのためにはどうするのが近道でしょうか。まず英語に関心と興味を持つことから始めましょう。

1.英語の歴史

それではどうやってその英語を覚えれば良いのでしょうか。我々が興味を持っている英語の歴史を紐解くと、言語の発生から人間の歴史と同じくらい長い年月をかけ世界に広まっております。現代の言語は10万年くらいまではプロト言語と呼ばれる全体音的な音でした。言葉の文節化が進み言語が急速に進化し文化が進むにつれ、人類は農耕生活を始めました。そして人口の増加と共に、コミュニケーションの方法である言語も進化し、世界の多くの言語が各地で発達しました。

英語は5世紀ころ、わずか15万人の地域言語から何度かの変化とげ、500年前まではまだブリテン島(イギリス本島)とアイルランド島で話される一言語にすぎませんでした。英語の歴史はメルビン・ブラッグの「英語の冒険」と言う本にまでなって世界中で読まれる程エキサイティングな物語です。

しかしその後、急速に世界的に広がり、現在では15億人が話し、地域的にみれば世界一の言語に成長しました。特にドイツ語とフランス語の影響を受けており、かなりの単語や文法にそれらの痕跡を残しています。英語が世界的に広がったために、印刷物も普及し表記でも大きな変化を受けています。しかし英語が言語学的に優れていた訳でなく言語の普及は経済や軍事力に密接に関係しています。

まだ言語の文字が発明されていない時点では、アクセントと語尾発音の明確さのみが、伝達の正確さを保証するものであったため、その体系は急速に複雑さを増していきました。音だけで認識していたために、非常に微妙な音を巧みに使い分けていたのです。文字と言う制約がないために、かえって音の特性を十分に駆使する音だったと思われます。

英語の文化において文字が発明され、音声を一定の方式で書き留めるようになると、音は段々と整理されます。だが一般庶民はほとんどが文盲であったため、ダイナミックな言語の変遷はほとんどこのレベルで起こっていました。一方上流階級や宗教、法律関係の言語は文字の発明とともに変化の歩みを止め、いわゆる俗語との距離はますます離れていきました。

そのために、文字の普及が進んだ国では皮肉にも、書き言葉と話し言葉のへだたりが年々広がり、すでに発音しなくなってしまった音をいまだに書いていたり、読み方が変化してしまったりするので、適当な時期をおいて文字を現在話されている言葉に再調整し直す必要となります。その頃の英語は話し言葉や手書き文章にしても当時の人はあまりスペルを気にしなかったのです。また印刷できる時代になるとドイツ人やオランダ人の印刷工が活字を拾う際に勝手にスペルを変えて印刷した事もあったようです。

しかし英語は長い年月をかけ構造的にはシンプルに、文法的には不規則が多く、音声的には言い易いように変化してきました。そしていろいろの言語の都合の良い要素を多く取り入れて純粋性よりも汎用性を求め変化を遂げました。そして英語はどこでも通じる言語としては世界一に勝ち上がってきました。スペルと発音が一致しない単語が多いのもその名残です。ルールによって学習しにくい言語でもあります。しかしどの言語でも言い易いように変化するのが共通した流れがあり子音の多い英語は特にその典型的な言語です。

英語のみならず言語が膨大で複雑なのは言語の歴史が人間と同じくらいあり、人類のDNAとは違い多くの文化がお互いに影響をし合いその痕跡を残しているからです。人間は高校を卒業した年齢くらいで10万語前後の語彙を持っているようですが、それを文章にして音や文字で表現して意味を伝え、理解できるのです。

そしてその記憶をうまく編集し直して再利用する人間の能力の素晴らしさです。記憶量と編集能力によりその組み合わせの数はもう無限とも言えるほどの数になります。そのような膨大で複雑なものであるからこそ、ある切り方をした場合にあたかも何等かのルールが存在するかのように見えるのでないでしょうか。しかし、現実的には英語の一面を特殊に見ただけの事であって、英語全体を説明できる真理でも謎でも何でもないのだと思います。

英語の歴史を理解すれば、発音にしても、文法にしても、語彙にしても、表現にしても長い歴史の過程で作られたもので、そう簡単なものでなく複雑で膨大なものであることが分かります。言語を習得するのはそれ程簡単なものではありません。もし、それを簡単に説明する本があれば、それは英語のほんの一部しか見ていないことになります。これまでに長い歴史を持つ、複雑な英語であるから逆に学ぶのが楽しいと言えます。

2.言語習得は完全なる真似ではない

言葉は聞いて真似する事が基本ですから、どんどん真似して覚える事ができるならベストな方法です。しかし大人になるとだれかの発音を聞いて真似することは大変困難な事です。我々は母語である日本語では真似を簡単にやっていますが、それでも基本的な発音方法を幼児期に長い時間をかけて身に付けているのです。

しかしその発音の基本を身に付けたのは臨界期前の言語習得能力の非常に高い時であり、その上に両親を始め親身になる協力者が常にそばにおりました。そのような恵まれた環境にあっても、発音がほぼ完成しある程度の事が話せるようになるまでには10年近く掛かるのです。

「英語は絶対に勉強するな」の実践者が音を忠実に再現するに非常に時間が掛かったと言う書き込みがありました。音を聞いて真似するだけでどうして時間が掛かかります。それは音を真似るのは言うのは易く、真似するのは難しい事なのです。音には周波数と言うものがあり音の高低を決めています。

言語でも音の高低を使っていますが絶対的なものでなく、各自が相対的な音の高低を使っています。この相対音感は人間にとっては大変便利な仕組みですが、覚えて使う事はかなり難しい事なのです。なぜ都合が良いかと言えば、人間は赤ん坊の時から大人になり体の成長につれ声帯も成長していますので、話す音声の周波数は成長につれ低くなっていきます。この顕著なものが男子の変声期です。

急に音が低くなります。しかし、男性の変声期に音程が下がって発音の困る人はいません。それは我々が母親から覚えたのは発音を単なる真似ではなく、相対的な音の関係を覚えているからです。そうでなければ赤ん坊は母親のような周波数の音は低すぎて真似することはできません。相対音感は大変便利で柔軟性のある仕組みですが、覚えるのにはかなりの時間が掛かります。

音声には周波数もありますが、リズムとイントネーションもあります。そして発音の個性的な要素もあります。するとモデル音を聞いて真似るとは言え、真似をできる要素と真似ができない要素がでてきます。一番難しいのが音の相対的な関係なのです。現代の言語は相対音階によってなりたっています。相対音感とは音と音の関係で音を規定するものです。

相対的な音はそれぞれ人によって違いますので、自分が基準を決めなければなりません。個人にとって本当の意味でのモデル音は本人以外は作りようなないのです。それは相対的な音の関係はその人しか作る事ができないからです。赤ん坊でさえ音の相対的な関係を自分で覚えなくてはならないのです。だから英語の発音を聞く時にどこがポイントかを理解して聞く事が大事です。そうでないと何回聞いても同じように聞き逃す場合が多くなります。日本人の発音が日本人臭いのは何か音の要素がネイティブに比べて欠けているからです。

音声の真似で最も難しいのは音と音のつながりです。人工的に人間の合成音を作る時に一番苦労するのは音のつながりだそうです。音と音の変わり目ですが音が急に変わると多変聞き難い音になります。すると音と次の音への移行はなるべく滑らかな方が良いのですがすると音の変わり目が不明瞭になります。日本人の英語堪能者の英語がなんとかなく日本人訛りだと聞こえるのは、ほとんどがこの会話の始まりと音の繋がりの部分なのです。

それでは赤ん坊はなぜ自分で覚える事ができるのでしょう。それは人間には臨界期というものがあり、それまでは言語を耳で聞いて学べる能力があるからです。もしこの臨界期が絶対的に存在するなら英語の発音を完全にカタカナ音にしてしまうのも一方です。しかし、この臨界期はまったく耳から覚えるのがまったく不可能になるのではなく、訓練によりかなり克服できると言うのが医学界の定説に成りつつあります。この本は臨界期をどう短期間に克服するかの説明書でもあります。

同じ真似でも物真似のように「らしく」真似するのは比較的簡単です。物真似をする芸人が良く言うのが、ある特徴を誇大してやる方法です。似顔絵でも完全にそっくりではなく一部だけを誇張して書くと全体が似たように見えます。英語の発音でも英語らしく発音するのはそれ程難しいものではありません。

音の要素の一部を誇大してリズムとイントネーションを真似るとかなり英語らしく聞こえます。多くの日本人の英語堪能者は英語らしい発音方法を身に付けています。でも日本人的な発音の訛りが残っています。日本人が日本人訛りで何が悪いと言う人も多くいますが、私は日本人訛りが悪いものであるとは思っていません。私が英語はかなり遠回りをして覚えましたの、できればなるべく効率的に覚えてもらいたいと思っています。効率的に覚えたいのであれが日本時訛りは非常に非効率的であり、大きな障害であると断言できます。

発音で真似する事は非常に難しいのですが、時間を掛けても真似すべき要素があります。それは自然な発音し易い、記憶し易い発音方法です。私は本当の発音の重要性に気付くのに数十年掛かり、今でも一番後悔していることですので、皆様には自然な発音を身に付けるために、どうか早めの手当てを願っています。

3.幼児でも母親の真似をしない

東京大学大学院、新領域創成科学研究科、基盤情報学の峰松信明助教授は幼児の発音をいかに調べても母親を特定できないと言います。それは幼児が母親の発音をそっくりそのまま真似ている訳ではないからです。幼児はかなり高度な発音やリスニングの学習をしています。

岩波書店出版から発売されている、池田清彦氏と計見一雄氏著の“遺伝子「不平等」社会―人間の本性とはなにか”の中で池田清彦氏は次のように言っています。

「物理的な音響的特徴は連続的に変化するにもかかわらず、聴き取られる音節は不連続的に変化するのだ。すなわち、新生児はすでに連続する音をカテゴリーに切り分け、二つの同一性に回収する能力を有している。そして重要なことは、同一性を切り分ける分節線は物理的に決まるものではなく、人間の脳が恣意的に決めるということだ。・・・・」(p125)

つまり幼児は連続的な音声ストリームを分節化する能力を持っているようです。つまり幼児は連続的な音を聞いて区切る能力を持っているのです。音声を既に音のストリームであると知っているのかもしれません。

更にこの本の中で臨床精神科医の計見一雄さんは次のように述べています。

「ことばを発する前に幼児はイントネーションを学んでいるように聞こえる。話す語順ではなくて大人の喋りの音の高低のシークエンスを音符のように読んでいるようだ。その音符に個々の単語が組み入れられて発語となるように、私には聞こえる。」(p144)

つまり、幼児はまず言葉の音のストリームの、音の高低のシークエンスを音符のように覚えているのではないかと言うのです。

そうすると子供がタマゴをタガモなどに間違えるのは理解できます。子供がこのように音の高低のシークエンスを音符のように覚えるのは多分覚え易いからであると思われます。そして相手にも伝わり易い方法でないかと思われます。例えばインカの遺跡都市である“マチュピチュ”を正しく覚えていなくても“ピチュピチュ”くらいまで覚えていれば、話の流れにより名前を知っている人なら、ほとんど正しい都市名を思い起こしてくれると思います。

幼児はすでに音声は音素を並べるのでなく、音の高低のシークエンスの重要性を良く知っているようなのです。

4.相対音感を養う

人間はある年齢になると耳で聞いた音を自分で完全な再現するのが非常に下手になります。それは自分で聞いた音と自分で発する音の相対的な関係が良く分からなくなるからです。この時期は臨界期と呼ばれており言語学習には大きな問題として立ちはだかりますので、後から「臨界期の克服」の項で詳しく説明します。

しかし臨界期を過ぎても音を聞いて、そのターゲットの音に近づけるのが発音の基本です。聴覚が弱くなるので耳に頼らないで、調音の方法を理解して発音を正す考え方もありますが、人間の言葉の音を調整する方法は臨界期を過ぎても、臨界期以前でも同じ方法でなされます。どれ程詳細な調音方法を読んでも、動画で見ても結局はおよその事しかわからず、音の微調整は自分の耳で聞きながらやるしかありません。

それ以上に英語を話すのであればリスニングは臨界期を過ぎても聴覚に頼らざるを得ないのですから、臨界期を過ぎているからこそ発音においてもリスニングにおいて最も重要な聴覚を鍛えるべきです。臨界期を過ぎるということは調整する能力が完全に無くなってしまうのではなく、能力が低下してしまった状態です。しかもその能力はトレーニング次第ではかなりのレベルで回復させる事が可能です。言語学習には聴く能力は絶対に必要であり、トレーニングによって改善できるのであれば臨界期を克服するために真っ向から相対音感に適した聴覚を養うことこそ言語学習の近道です。相対音感とは各自が自由に相対音感を保つ事ができますが、真似する事ができないので自分で確立するしかありません。モデル音を聞いて発音を真似る方法は、音の全ての要素を真似ているのでなく、真似できているのはリズムとかイントネーションぐらいなのです。

5.あまり視覚に頼らない

電子機器が発達して記憶を補助するために機器やパソコンやゲーム機で使えるソフトも増えています。中には科学的な記憶の原理を使い効果が上がりそうな機材も存在します。私は使ってはいませんが、音と動画像と文字を使い記憶を容易にするなどの配慮がされていて効果が上がりそうな機材も存在します。しかし学ぶための教材をオリジナルで容易に作成できない機器は、仮に効果が上がっても使うべきではありません。

その理由は我々の各自が必要としている英語の単語や表現はそれぞれが違いますので、既存の市販されている教材では絶対に十分ではありません。英会話である程度自分なりの表現をしたいのであれば万単位の語彙を覚えなくてなりません。各自に必要な単語や表現は各自が覚えなくてはならないのです。なるべく簡単に覚える環境を作る必要があります。

仮に音と動画像と文字を使い楽に記憶ができたとすると、新しく覚えるものも同じように作らなくては効果が上がりません。いくら記憶が良くなるとは言え、覚えるために自分用の教材をそこまで作り込むのは時間やコストが掛かり効率的ではありません。多くの方は基本的な単語や表現を速く助けを借りても覚えた方が効果的だと思うかもしれませんが、言葉は関連させていろいろな表現を覚えていきますので、できれば同じような手順で覚えた方が総合的に見ればずっと効率が良いのです。

母語である日本語でも全てを音と動画と文字を使い覚えている訳ではありません。表現や単語の中には聞いただけで覚えてしまうものもあるかも知れません。日常会話の語彙や表現に絞ればほとんどは聞いただけで覚えているものだと思います。すると基本的な語彙や表現も音を聞いただけで覚えるような訓練をしていた方が後からの語彙や表現も同じように関連させて覚えられるので理想的な記憶方法と言えます。

記憶を効果的にするのであれば、文字にするとか音声にするとかぐらいの工夫や機材にしておくべきです。これならば自分の必要な教材を自分で準備することができますし、単語や表現であれば十分に記憶を促進ができます。音を巧みに捉える事ができれば1回で覚えられる表現もきっと多くなるはずです。

英語を自由に話すためにはある語彙を覚えれば済むとか、ある文型を知れば済むものでなく、必要に応じて話す内容はその人にとって大きく違い、時と共に変化していきます。その変化する英語を限りなく環境に適応させるためには、なるべくシンプルな方法で覚えてしまい、使えるようでなければ柔軟性のある英語を駆使できません。

記憶は類似の音や内容の記憶を促進しますので、英語の表現や語彙はなるべく同じような覚え方が理想的です。そして一番簡便な音を聞いたら覚えてしまうようなシンプルな方法が良いのです。そうならば映画や話をしている間にどんどん表現を増やす事ができます。人間が英語覚える場合にはその時により必要な表現や語彙は変わってきます。だから必要な表現や語彙をいつでも比較的短時間で覚えられる能力こそ、我々の必要な総合的な英語力です。そのためには記憶補助機器などは使わない方が賢明です。

6.最適化を図る

言葉を話すためには自動化が必要であり、大変多くの事を覚えなくはなりません。6才児でも語彙数で言うと1万3千語くらいは知っていることになるそうです。この語数は日本語でも英語でもそれ程変わりはないと思います。しかし、言葉を覚えるのにかなりの時間は掛かっていますが誰も苦しいと思ってはいません。もし2時間に1つの割合で言葉を覚えろと言われたらきっとプレッシャーに押しつぶされてしまうと思います。

では単純な記憶だけをとってみると臨界期を過ぎた人の記憶は幼児と比べて記憶力が弱いのでしょうか。記憶力だけをとれば臨界期を過ぎた人の方が幼時よりは記憶力は優れています。それは脳に学習する力が高まっていることもあります。その上に既に色々の事を記憶しているために、それに関連して事は覚える事もできます。

本格的に言語を勉強すれば意欲のある人であれば幼児よりは大人の方が圧勝すると思われます。しかし現実的には子供は意欲ある大人より記憶力は劣りますが言語学習においては100%に近い確立で成功しますが、大人の場合は意欲を持って学習を続けた人だけがかなりの上達を示すだけです。この違いの理由は何でしょうか。

私は子供が言葉を学習するのが楽しみになるのは聞いた言葉をどんどん覚え、それが楽しいから次を覚えるからだと思っています。これを聴覚が言語に適応している状態と言います。その大きな秘訣は子供達は覚える際に最適化された音で覚えているからだと思います。では大人は聴覚を言語に適応させることはできないのでしょうか。答えは臨界期を過ぎてもやり方によってはその状態に近づける事は可能なのです。

大人の言語学習の問題は臨界期を過ぎると音声を聞いただけで最適化された音で自動化するのは非常に難しいからです。この臨界期の克服する方法は「臨界期の克服」でかなり詳しく説明します。この聴覚さえ言語に適応できれば、記憶して学習を楽しむ能力は臨界期以降の方がレベルとしては高いと思います。それはすでにいろいろな知識が記憶されているので、それらに関連させて覚える事ができ、それの楽しみが次の学習につながると思います。速く記憶できる環境作りが大変重要になります。

7.学ぶ興味を持続させる

学ぶ動機や覚える意欲が無ければ第二言語の習得の学習はままなりません。学びたいと言う興味が持続しなければどのような手段を選んでもほとんど意味がありません。するともし学習方法を選ぶのであれば、興味が長く持続する方法が効率の良い方法となります。

平均的な6才児で1万3千語前後を知っているそうです。すると1才から6才までに覚えるとすると起きている間、2時間に一つの割合で単語を覚えていくことになります。つまり6才児くらいの話をしたければ2時間に一つの単語を覚えても5年掛かる事になり、それよりも短い間で覚えるなら、もっと加速する必要があります。

これらの言葉は強制して覚えたものでなく、自分が自発的に覚えてものです。子供はいかに好奇心が強く、継続するか驚くばかりです。言葉に関する興味つまり、人の話を聞いたり、自分で知っている言葉を話したりする知的好奇心を本能的に持っているようですが、大人になるにつれその本能の部分は少しずつ減っていくのは事実なようです。

英語学習においてどのような方法であれ、英語を話したいとの願望が長い間持続するのであればかなりのレベルまで行けると思います。学習方法を選ぶのであれば興味が長い間持続できる方法を選ぶべきなのです。

記憶をする場合に単純な繰り返しの練習をするよりは知的好奇心を持続させる方がずっと効果的です。脳内において嬉しい時の事の方が記憶を保持させやすいのです。覚えるのが楽しいから覚える事ができるのです。知的好奇心無しの繰り返しは極論を言ってしまえば時間の浪費ともいえます。スポーツ選手にしても芸能人にしても勉学にしても秀でた人はいかに知的好奇心を持続させるのが上手な人ばかりです。

知的好奇心を持続できたからこそ長い効果的な練習や訓練に耐えることができます。勉強だからと言って興味を無くして練習や訓練をするのは非常に残念なことです。しかしスポーツ選手にしても芸能人にしても勉学にしても秀でた人でも、幼いころから知的好奇心を持っていた人はほとんどいません。多くの場合はその興味が沸くレベルまではあまり興味のないまま、あるいは半強制的にやらされています。

英語を習得したいのであれば、英会話を習う場合でも英語を習う知的好奇心を持続させるために、自分で興味が持続できるところまでは無理してもやった方が得策です。できればその嫌でも英語を勉強しなければならない期間を短くする事が懸命です。それでは知的好奇心を持続させるにはどのようにしたらよいでしょうか。

私はNHKのテレビ講座で英会話の勉強を始めた時には英語に対する憧れがあり始めました。しかし多少話せるようになるとそれが嬉しくていろいろ練習したり、話のネタを探したりするようになりました。通訳をやっている時は難しい事を訳せることに無上の喜びを感じました。どちらかと言えば発音はともかく、咄嗟に難しい英語や日本語の表現をうまく訳せると大変嬉しく思いました。

しかし発音に関心を持ってからは自分の発音がきれいになるのが嬉しくなりました。そして英語の映画等を見て聞き取れる割合が増えると嬉しく感じます。このように英会話を学ぶに当り、知的好奇心を持続できる事がありますので皆様も何かに知的好奇心を持ってもらうと学習が楽しくなり、いろいろな工夫が生まれてきます。

英語の勉強で繰り返す回数とか、読んだページ数とか、読んだ単語数とか、英語を聞いた時間とかを自慢する人がいますが私はあまり勧めしません。自分の聴覚とか、発音レベルとか、聞き取りのレベルとか自分の脳で判断できる事の方がずっと知的好奇心が持続できるからです。

それは数字を楽しみにすると自分の判断力を必要とせず、単なる数字の加算になるため英語の勉強に工夫が生まれません。英語の学習で最高に面白いのは発音が上手くなったり、映画を見ていたら聞き取りができるようになったり、英語で上手な表現ができたりして、自分の工夫や考えで自分の能力を高められる所にあると思います。

人間は誰でもかなり知的な動物なのです。私が英語を長くやって一番に嬉しいのは映画やテレビで英語を聞いて理解できるレベルが高まる事です。しかし、英語を話す事は誰でも楽しい事だと思われます。問題は話せるまでにどう興味を維持するかです。私は英会話を習っている人には、英語の発音が良くなっていく事、英語の聞き取りが良くなっていく事、そして英語がどんどん覚えられる事に喜びを感じる事を勧めています。

8.気付きとひらめき

人間は学習する場合に何が一番楽しいか、嬉しいかと言えば、覚えていくことや上達するのを感じるのも事も楽しいのです。しかし、学習を継続させる強い動機とは尽きる事の無い「気付き」や「ひらめき」だと思います。これはコンピュータにはできない、人間だけが持つ能力なのです。もし、このような喜びが無ければ言語学習は母語であろうと第二言語であろうとひたすらに苦痛を耐え忍ぶ学問になってしまいます。英語学習において発音をどうすれば良くなるかとか、聞き取りにはどうすれば良いかと言う事に気付いたり、ひらめいたりする事です。

人工知能の第一人者であるMITのマービン・ミンスキー氏は常識を丸ごとAIに覚えさせる計画を進めています。その研究に参加している、住田一男氏は「現在では子供並みの知能も人工的に作る事は至難」と言っています。3才児の脳は好奇心で動き、気付き、自在に学びます。無秩序な記憶が見えない糸でつながり、倫理の飛躍を伴う人間らしい想像力を生みます。AIは情報量で3歳児に勝っても、知能を身に付けられない限界があります。これからネット社会になると、カギは検索で得た大量の情報を生かす「気付き脳」の発達にある事は間違いありません。

気付きでも非常に大きなものはひらめきと呼ばれます。ひらめきは一部の天才の脳だけに起こるものではありません。すべての人間の脳にその種は確実に存在しています。突如「あっ」とやってきて脳に認識の嵐を巻き起こす、ひらめきの不思議な現象ですが誰でも引き起こす事ができます。これらの創造の瞬間を生かすも殺すも本人次第なのです。学習においてもひらめきを得る事ができるのも学習者次第なのです。

気付きとひらめきを増やすためには単に座して待つのでは、永遠に増えません。記憶する必要はありますが、単に覚えられれば良いと言うわけでありません。それは常に求め、努力をしながら探し続ける事が大事です。しかし、気付きやひらめきは度々くるものではありません。大きなひらめきの中には数年以上も考えた末に浮かぶ事も珍しくありません。もしかすると求めるようなひらめきや気付きがこない場合もあります。しかし、英語の発音や聞き取りはたくさんの事を学習していきますので、気付くように心掛ければ無数に探せるはずです。

発音において気付きやひらめきを求めるのであれば、まず自分の発音と理想の発音の差を知るべきです。そしてその差をどう埋めるかを考え続けるのです。理想の発音はなるべく高く望んだ方が気付きは多くなるかも知れません。試行錯誤を繰り返しいろいろ試してみてください。試行した結果が良くならなくても、悪くなった事が判断できれば十分です。

次のトライができるからです。良くなった悪くなったかの判断が必要です。判断ができないと何回やっても無駄になります。良いとか悪いとかの判断を繰り返しいると気付きやひらめきの生まれる可能性は高まります。また自分の発音を聞いて大変気になると思います。そうなれば自分の発音が悪ければ悪いなりに、良ければ良いなりに欠点が気になると思います。自分の発音が行き詰れば、次には理想がどうあるべきか気になるでしょう。

すると自然な発音とはどうあるべきか気になり、ネイティブのいろいろな発音を聞きたくなると思います。するとこのような意識を持って発音を聞くと、いろいろな気付きや発見があるかもしれません。このように発音の練習では気付きやひらめきを感じる事ができます。そのために発音の練習が効果的です。しかし、聞き取りの場合は気付いた時には理解ができてしまっていますので、何かの気付きを感じる事が少なくなります。リスニングでひらめいては急に聞き取れたように感じる時ですがそれは何度もくるものでありません。発音練習を並行して進めるのはこのような気付きやひらめきを多くするために非常に有効だと思うからです。

赤ん坊は生まれて1年もすると立ち上がります。親が見ていてもハラハラするような歩き方なのですが、必死に立とう立とうとするのです。怪我を考えるなら立とうとしない方が安全なのですが、きっとあのハラハラしている間に立って歩くためにどうすればよいか、いろいろ気付きがあるのではないでしょうか。それが楽しいから何度も倒れても、起き上がるのではないでしょうか。

9.脳の編集能力を期待

人間はある程度英語が話せると何とか自分の言いたい事を話したいとの願望がでてきます。すると単純に考えると、覚えただけの表現の限度内では自分の言いたいことが言えないので、作文しようと考えてしまいます。良くやるのがまず日本語で考えて英語の作文をしたり、英語で作文したりします。

それでは日本語を話す時には日本語で作文を組み立てているでしょうか。ほとんどの場合我々は文法を意識しないで話しています。話したいことが思い浮かんでくると言った方が良いかもしれません。それでは人間はそんな芸当ができるのでしょうか。すばらしい能力ですが言葉を話せる人は誰でも持っている能力です。言語は本能ではないかと言われるくらいに人間の脳が持つか能力は偉大なものがあります。

では我々はどのようにその能力を身に付けたのでしょうか。自分たちの過去を振り返れば単純にいろいろな表現を数多く覚えたに過ぎないと思います。人間の脳は中々記憶が定着しないと言う欠点もありますが、蓄積の中から自分の望む文章の組み立てができるようになります。

これが脳の自己編集能力です。単語のいろいろな使い方を知るとその単語の意味合いが理解できます。これはコンピュータと違い、人間の脳が持つ素晴らしい能力で、蓄積された記憶を編集して、新しい表現を生み出すことができることです。

この脳内の記憶による編集された言葉は既に存在し音の連続として保存されていますので自然な表現が多く、その結果発音し易く、聞き易い言葉になります。自分の言葉で話している感じになります。自分の記憶により話しますので、このような形で話す方が英語で作文するよりはずっと効果的な学習ができます。それは既に覚えている記憶が次の記憶を促進し、新たな表現が編集され生み出されるからです。

日本語と第二言語である英語は違うのでないかと思う方もいると思います。私もそう思っていました。しかし、考え方としたら母語でさえ文を組み立てて話していないのです。つまり話す場合には文法で組み立てるのと、覚えているのは話すのは、後者の方がずっと容易であると言う事実です。

外国語では更に文を組み立てるのは難しくなりますから、多くの表現を覚えるのが大変かどうかは別として、話すためには得策であります。何か物事ができない時にはできないから他の方法を選ぶのは時として大きな間違いを起こします。できるかできないかは別として、どうあるべきかを考える方が正しい判断ができます。

私はかなり文法も勉強しましたし、アメリカの大学で英語を書く練習もさせられましが、実際に話すときには、結局頭に記憶していたことを思い浮かべて、脳の編集能力に依存しています。しかし、どうしても思い浮かばない時には最後の手段として文法を使い作文します。この奥の手は何時使っても良いのですが、しかし覚えている表現が多くなれば会話においては実際にその必要性の頻度はそれ程多くなりません。

10.自動化させる

英語を話すためには覚えなくてはなりません。その記憶を助けるために音の特性を聞いてなるべく覚え易い状態で最適化して記憶する事です。その音の特性を聞いてすぐに再現できるように発音ができる練習をします。長期記憶に保存されるように繰り返し練習をします。学習に反復練習が不可欠なのはそのためです。しかし、常に発音し易い音、記憶し易い音を目指し、目的意識を持って意識無しの脳の力も使い反復練習をすることが理想的です。

目的意識の無い繰り返しは時間の浪費です。なるべく発音し易いように、そして意識しなくても発音できるような意識を持って練習します。多くの音を記憶すればするほどその音に類似した音は聞き易くなります。発音できる音が増えれば増える程、類似した発音はし易くなります。これは聴覚が言語に適応した状態です。すると英語の表現を覚えるのが容易になりますので、音をベースにたくさんの表現を覚えてもらいます。それらの記憶量が増えると脳の持つ編集能力、分析能力、判断能力が高まり正しい表現や正しい語彙の選択が可能となります。

英会話ができない理由を述べそれを解決すための英会話に必須の能力とは記憶力を高め自動化を図る事だと言いました。英語を話せないのは絶対的な自動化された記憶量が不足しているのですが、でも仮に10年英語を勉強しても記憶量の不足感は満足できないと思われます。それは母語である日本語でも同じ事です。しかしそうかと言って日本語では特に発音練習するとか、言葉を覚えるような訓練はしません。

しかしテレビを見たり、本を読んだり、他の人と話してどんどん日本語の表現を覚える能力を持っています。この世の中にはとても覚えられない程の語彙があり、我々は自分の生活の中から必要な数だけ覚えて使います。関心を持って聞いていれば、日本語を使っている間に必要な単語や構文は覚えてしまいます。

では英語の場合はどうでしょうか。英語の映画を見たり、英語で人と話したりすることによりいろいろな表現を増せる人は理想的な状態です。多くの方は英語を聞いて理解することが問題であり、会話をして楽しむレベルの英会話力が不足していると思います。理想的には日本語のように聞いた日本語をすぐに使える状態にしておければ良いわけです。

そのために必須の能力はまず自然な会話が聞き取れ、同時に聞いたらあまり練習をしなくても覚えられるようにしておけば理想的です。我々が日本語を聞いて直ぐに覚えられるのにはそれなりの環境があります。それは日本語の場合にはかなりの日本語の表現を覚えており、かつ発音できる状態があるのでどんな日本語がでてきても、聞いただけで覚えられるのです。

日本語でもこのレベルに達するには年齢で3才とか5才くらいであり、少なくとも数年くらいの時間をかけて基本の表現とか発音の練習をしているのです。母語の日本語でも何でもかんでも簡単に覚えられるのではありません。外国人で特殊な名前が発音しにくいとか、覚えられないのはそのためです。

言葉は単音で無く、連音で覚えていますので既に覚えている音に近い音であると覚え易くなります。どの言語でもその言語らしい響きがありますが、それは同じような音の並びを使っているからです。英語でも同じです。ある程度の連音で発音ができるようになっておかなければ、聞いても直ぐに覚えられる訳はありません。

それではどれ程のレベルの発音で、どのくらいの表現を覚えれば良いのでしょうか。残念ながらどのレベルだから良いとか、連音にした場合にどれくらいの音の数があって、どのような練習をすれば良いかの研究はありません。しかし、英語を聞いて直ぐに覚えられるかどうかとか、英語が発音し易いかどうかなどは自分で判断できます。

目安とすればネイティブの話す英語の中で聞き取れて、そして覚えらる表現があるかないかと言う事です。その数は多い方が良いのですが、興味を持てるレベルなら十分です。なるべくこの数を増やせると学習効率が上がります。

11.学習リソースを集中させる

ある英語のメールマガジンで英語の勉強をする場合に練習のメニューを提案していました。次のようなもので、時間は自分の目的に合わせて配分すると言うものです。

1 Listening リスニング・チェック      1分

2 Vocabulary 語彙チェック         2分

3 Grammar 基本構文のディクテーション    7分

4 Reading 日英あわせ読み                        3分

5 Reading 「英:日」速読比較                  2分

6 Listening シャドウイング&音読       9分

7 Speaking 英文の速写                           5分

8 Writing                              2分

いくつかのメニューに分けたのは、知的好奇心が維持するためにと説明していました。私はこの方法は少なくとも英会話の練習には適切ではないし、仮に英語の検定試験でも避けるべきだと思います。英会話に限定して言えば単純に音声を聞いて理解して、思った事を音声にすればよいだけの事です。英語を話す事は単純極まりない事ですが、実は意のままに話すとなると膨大な事を覚えて、瞬時に使える状態でなくてはなりません。

覚えている事だけを話すように限定することも可能ですが、話題を絞れば絞る程つまらなくなり、英会話をする意図に反します。そのためになるべく制約なくして話すためには多くの知識が必要です。そのような理由からできればなるべく練習のメニューの数は少なくして、制約された時間内で覚えるための時間を多くすべきです。覚えれば楽しいし、覚えるから聞き取れると言う状態にすべきです。

日本語で話せるまでに何を勉強したでしょうか。文法とか語彙の勉強は特別にしていません。しかし、文法を習う前に正しい日本語を話していましたし、辞書を引かなくても新しい単語をどんどん覚えていったはずです。日本語では単に音でどんどん表現を覚えていったにすぎません。

面白さが感じられるのは「同質のものを大量に消化」した後に加速度的な進歩が感じられる時です。英会話では「聴覚が言語に適応した時」です。すると英語で話すためにはとにかく自分の練習が面白く感じるまでやるべきです。もし発音ではもう改善の余地が無いというのであれば多くの表現を覚え、話してみるべきです。現実的にはいくら時間があっても足りないはずです。すると足りない時間を有効に活用するなら、なるべく自分の持っている時間を大事な練習に自分のリソースを集中すべきです。

12.日本語の知識も生かす

我々が英語を勉強する時には第二言語として覚えます。そのために最大のツールは日本語の知識です。発音においては邪魔をする部分があるので注意が必要ですが、多くの日本語の知識は有効に使えます。英語の意味を調べるのに辞書を引くのであれば英英辞書でなく英日の辞書を使うべきです。理由は英語の意味を知るのに一番良い媒体は日本語なのです。日本語でも辞書の説明は大変理解しにくいものです。NHKの「英語でしゃべらナイト」でパックン英検のコーナーがあります。英英辞典の英語の説明を読んでどの単語に当たるかを当てる簡単なものですが、簡単には当りません。簡単な単語である程分かり難いのです。例えば日本語でも「空気」を説明するのに空気と言う用語なしでは大変難しい説明になります。しかし日本語で空気を理解しているのであれば、英語のairは空気として理解すれば一発で理解できます。

英英辞典では「gases forming atmosphere: the mixture of gases, mainly nitrogen and oxygen, that forms the Earth’s atmosphere」となります。かなり英語力ある人でもこの英語を読んで「空気」と理解するにはかなりの時間を要します。空気を知っているのであれば「空気」と読めば数秒も掛からないで理解できます。

英語の発音の説明も理想的には日本語でやるべきでしょう。もし野球のコーチをしてもらう場合に同じ内容の説明なら英語でやってもらうでしょうか、それとも日本語でやってもらうでしょうか。常識的には同じ内容なら日本語を選ぶと思います。英語の場合も本当に理解したいのであれば、そして同じ内容であれば日本語の方が理解しやすいはずです。辞書を引く場合も英語の発音を習う場合も同時に英語も習おうと思うのは欲張り過ぎです。効率が良くありません。どれ程パソコンで文書を作成してもキーボードの入力が速く、正確になる訳ではありません。

日本語の知識で最も重要なのは母語である日本語を覚えた方法です。私はこの本の中で日本語ではどうするかと言う事を何度も使っています。これは日本語ではどう覚えたかを良く理解してもらいたいからです。第一言語と第二言語の学習方法は臨界期を過ぎた場合には聴覚が関係する発音と聞き取りは違ってきますが、後は同じ方が良いと思っています。

13.例文で覚える

最近では英語をコアイメージで理解するとか、ハートで感じるとか、英語を全体的にまとめて理解しようとする本が出ています。英会話を学ぶのであれば、また英語の本を書くつもりがなければまとめる必要はまったくありません。多分、単語の全体的なイメージや感覚が理解できれば多くの多様性に適応できると思っているのだと思います。

では単語を覚える時に定義やその感覚を覚えれば会話に使えるようになるのでしょうか。私は単語の意味を知るために辞書で引く事は良い事ですが、単語を辞書のような定義で覚える必要はないと思っています。言葉は覚えるべきことはたくさんありますので、覚えるべきことと、覚えなくても良い事は明確にしておいた方が懸命です。

母語である日本語の場合を考えると良く分かります。日本人が実際に日本語の辞書で調べて理解した単語は意外と少ないと思います。物書きをしている人は別として、通常は多い人でも人生において辞書を見る回数は数千回くらいでないかと思います。するとほとんどの単語は辞書で引いてないけど意味を知っている事になります。どのように理解しているかと言えば辞書にある定義ではなく、用例を知っているだけなのです。

用例とは使った文章やフレーズを知っているだけなのです。そのような表現があるか、ないかの判断です。そして単語の意味を聞かれた時に始めて辞書にあるような定義をしますが、頭にその定義を記憶しているのではなく、用例から推察して定義を作り上げます。単語と言うのは定義がされていなくても使い方を知っており、実際に使いたい文とかフレーズがおかしいとか、おかしくないかの判断できれば十分です。

単語の意味をまとめないで、使えるとか、使えないとかの判断の方がより有効なのです。会話において単語を使う場合にはコアイメージからとかハートで感じた意味から使い方を判断するのは時間的に絶対に不可能な事です。単語の意味を聞かれた時にはそれを説明する場合には用例を思い出す時間的な余裕はありますから、時間を稼ぎながら記憶を思い出して定義すれば良いだけです。この判断は用例がたくさんあればできる能力ですから、覚えておく必要は特にありません。

英語でも同じように意味をコアイメージで理解するとか、ハートで感じる必要はまったく必要ありません。用例をたくさん覚えればその結果として、自然にそのコアイメージとかハートで感じることができるのです。それを教えている先生も決して最初からコアイメージで理解するとか、ハートで感じていたのではなく、多くの用例を知っているからまとめる事ができたのです。それを、まとめると言うのは本を書く場合には有効かも知れませんが、英会話で使うためには基の用例をたくさん知らなくは意味がありません。

まとめるのは何か楽になったような気がしますが、実は基に戻す面倒な事になり、会話中にできるのは記憶した事を思い出して多少知っている単語などを入れ替える程度です。辞書を引いたことのある単語でも定義された意味だとか、どのような単語なのかを考えている時間はありません。

私は人間の脳は大量のデータを蓄積する能力がありますが、その覚えたデータを必要に応じて検索や照合する能力は非常に高いと思っています。しかし、そのデータを瞬時に加工する能力は非常に低いと思っています。データベースもなるべく加工しない生のまま保存しておいて必要に応じてそのデータを加工する方が理想的です。

そのためには英語を覚える場合には一つずつ覚える方がずっと利に適っておりますから、英語の単語をまとめて覚えたり、その中からルールを見出したりして、そのルールを覚えるのは英会話を話す事を考えるとかえってマイナスの影響を与える事になります。

日本語でも英語でも言語は膨大なものです。そして例外は多いのですが意外と機械的な部分がたくさんあり、文法もその一つです。言語をいろいろな切り口でみれば確かに一貫性や統一性やルールみたいなものがたくさん見えてきます。

その結果各種の英語を勉強するための新しい本が次から次にでてきますが、言葉のある一面をみているだけの事で、言語の複雑や言語の膨大さの表れに過ぎません。ルールで英語を話す事はできません。それよりは使える語彙や表現を増やす方が楽しい会話をするには近道であり、楽しいと思います。

14.外言語と内言語

発達心理学によると言語には内言と外言があると言います。内語とは音声を伴わない自分自身のための内言語(inner speech)であり、主として思考の道具としての機能を果たします。この内言が外側に漏れ出るのが独り言になります。外言語(oral speech)とは他人に向かって用いられる音声言語であり、主として伝達の道具としての機能を果たします。

英語通訳が日本語に訳す場合でも最初から整然とした日本語がある訳でなく、内語で理解しています。英語を聞いた場合でも内語で理解できていれば、いちいち害言語の日本語にする必要はありません。ある程度英語文化圏での生活が長いと英語は理解できているが、上手く日本語で表現ができない場合がありますが、この場合も英語で理解しているのでなく、内言の日本語で英語を理解しています。

英語学習の本では英語で考えるように勧める人が多くいますが、実際には内言の日本語で考え、話すような日本語を介在させないで英語を思い浮かべろと言う意味です。外国生活が長い場合に英語で言っている意味は分かるけど日本語にし難い状態がありますが、ほとんどの場合に内語の日本語理解して外言語する必要が無かったために外言語の日本語がでてきません。しかし、臨界期以降に10年や20年海外にいても内語までが英語に置き換わる事は非常に稀ではないかと思います。

言語が無ければ考えられるかどうかと言うのは哲学的な問題になってしまいますが、思考が言語の影響を受けている事は間違いない事実であり、言語と思考は非常に関係の深いものです。言葉がなければ難しいことを考える事もできません。メリーランド大学の哲学教授のピーター・カラザーズ氏は言語学、神経科学、心理学の知識を動員して2002年に「言語の認知機能」の論文を発表しています。

この中でカラザーズ氏は「心の想起した文」によって、ひとつの認知モジュールからの表現を他のものからの表現と組み合わせる事ができると言います。それによって、新しい種類の意識的思考が生まれていると論じています。認知に流動性のある思考は論理形式(LF)と呼ばれる心の中の言語表現によって潜在意識で起きると言います。

LFはもともとチョムスキー氏が言語と認知のインターフェイスを指すために導入した用語です。彼の考えによると一部の言語的表象はLFのまま残りますが、一部は心に想起した文になります。この人間の思考の進化においても構成的言語の出現により人類の思考と行動に大きな影響を与えました。カラザーズは文法規則により、ひとつの認知モジュールで想起した文を別の認知モジュールで想起した文を入れ子にすることのより複雑な表現ができると言います。

その結果、想起した文がひとつだけ作られ、そこからモジュール間を統合した思考が生まれると論じました。思考もこの言語の進化と共に複雑な事が考えられるようになり、構成言語と思考の深い関係がある事を論じています。音声認識や翻訳をする場合にも音声認識モジュールや翻訳モジュールが複数かつパラレルで作動すると考えると納得がいくように思われます。

日本語で話している時、内言語は日本語に間違いはないのですが、英語を話すときにどうすべきでしょうか。私は日本人が英語を話すときは右手または利き腕と左手の関係と同じだと思っています。日本語が右手で英語が左手になります。野球のプロの選手には右投げで左打ちの打者がおりますが、打者は左の方が一塁に近い分だけ有利だからです。

しかし、投手で右投げ左投げ、つまり両投使いの選手は今までにおりません。過去に2回ほど登録はされているようですが、実戦で投げた投手はおりません。肩は消耗しますので、疲労や消耗の問題だけから考えると両投使いの投手の方が有利になります。しかし、プロの世界に今まで出現しなかったのは大きな理由があるからだと思っています。

野球の投手の場合に消耗する事を考慮に入れても片方の腕を使い続けた方が得だと言う事です。脳には右脳と左脳がありますが、投げる動作をさせる場合にはどちらかに集中した方が負担は増えても、両腕で投げるのを練習するよりは投手としては得だと言う事です。数学的に考えれば消耗のマイナス効果よりは、集中練習のプラス効果の方が大きいと言う事です。

言葉は野球の投球よりも、ずっと難しい作業だと思います。それなら内語として英語と日本語を両方使うのでなく日本語に重点を置いた方が懸命です。英語を話すときに日本語を思い浮かべないで英語を話すと言うのは英語で考えている訳でありません。英語表現をたくさん覚えているだけです。英語を聞いて理解して、英語で話す場合でも意識の中で考えていますが、この場合に日本語で考えると言う事です。

内語とはパソコンで言えば基本ソフトのOSにあたるものになります。考え方としては脳の中を英語や日本語に区分けせずに、多くの日本語と英語の単語や表現を記憶して、お互いに関連性をつけておき、それらを統合し考え出す言語は日本語でする事です。英語の単語をカタカナで覚えるとそれは日本語とか英語とか区別がつきません。つまりどうでも良いのです。

良く英語の本が英語で考えると言う人がいますが、日本人が英語で考えるのは、私には右手の利き手の人が無理して左を使うようなもので、考えが非常に幼稚で遅くなると思います。日本語を介在させないで英語のまま理解したり、英語で話す努力をしたりするのは良いのですが、考える思考のプロセスは日本語で行うようにした方が懸命だと思っています。特に意識無しで考えるプロセスは日本語の方が効率良いと思います。

15.自動化すると

すべての思考が逐次、内言語で行われているわけではありません。自分の筋肉といえどもある程度の速さ以上になると簡単に自分の思ったようには動かせるものではありません。そのために複雑な運動は事前にかなり練習して直接の脳からの命令がなくても記憶で正しく動かせるようにします。たとえば、自転車に乗ってバランスを崩さないようにするのに、平衡感覚、視覚、体性感覚などからの入力情報を元に、バランスを保つための姿勢を割り出して姿勢を制御するように運動神経に指令を出しています。

ここに言語は使われませんが、高度な思考が行われています。外野手がフライを取るとき、弾道方向や位置を視覚的みて予測して落ちる場所を予測しますが、これらの細かい動きの多くは内言語さえも使っていません。

このように正確で速い連続運動はこなすためにはかなりの練習を必要とします。それは人間の筋肉は最初から練習や訓練なしで人間の思考や意図のまま動かす事はできないのです。楽器の演奏者も初見で演奏できるようになるためには数多くの色々な曲を長い間練習してから始めて可能です。しかも、それだけでは弾けると言うだけで、満足のいく演奏にはなりません。

歌手がレコーディングする場合も何百回、何千回と歌い込んで始めて録音できるほどのレベルになります。全てのスポーツでも音楽でも芸能でもプロとなるためにはかなりの練習が必要なのはそのためです。英語の発音も筋肉運動ですから、同じように意識をしなくて発音できるような練習が必要です。意識無しで発音できくらいでないと、自然な発音になりませんし、そうでないと聞き取り難い発音となってしまいます。

リスニングの場合にも全ての音素を聞いて音を照合して理解しているのではなく、いくつかの音の特徴を聞いただけで理解する場合が多くなっています。そのためには繰り返しリスニング練習をして音の特徴と音全体の関係を覚える必要があります。こうなるとリスニングでもあまり集中しなくても、意識せずに聞き取れるようになります。

思考は言語によりなされますが、言語活動の発音やリスニングは大変複雑なプロセスですから、複雑なプロセスをいちいち頭脳で思考せずに、あまり意識をしないでできるような事前の練習や準備が必要になります。英語を話す場合にも思考をしながら、一つ一つの単語を話すのではなく、多くの表現はあまり意識無く内言語さえも使わずに発音するのが理想的です。

外言語はどうかと言えば、スティーブン・ピンカー氏によると「話し言葉の音声は、継ぎ目なしに繋がっている」と言っています。さらに「音のストリームと思い、そう聞こえるのも、錯覚である。」と言い切っています。例えばCATと言う音をテープ録音してもk、a、tに相当する音素を取り出せないそうです。この3つの音を逆につないでも「タック」とは聞こえずに、わけの分からない音がするだけだそうです。

語または音の構成要素についての情報は、語全体にまたがって格納されている、と言っています。音声を音素で認識と思っているのは学習なのです。発音している人もk、a、tと言っているつもりなのですが、実は継ぎ目なしの繋がった音を連続的に出しているのです。考えてみるとこの3つの音を連続的に出しながら、聞いている人にはCATと聞こえるまでにするためにはかなりの練習が必要になります。

知覚においても順天堂大学の北沢茂氏の研究で脳が順序を学習する事を明らかにしました。これは右手を左手より0.08秒先に刺激する事件を続けて、その後両手を同時に刺激すると被験者は右手を先に刺激したと感じるようになったと報告しています。これは日常生活では脳の正確な判断の邪魔になる他の刺激が多いので、刺激から受けた感覚の信号だけでなく経験を基に判断する仕組みができているためだと考えられます。

人間はこのように知覚においても全てを触覚のセンサーからの信号のみで判断するのではなく、自分の経験や学習による記憶から判断している場合も多くあります。これらは全て意識しない、言語を必要としない判断です。

理想的に言語を話すためには、なるべく発音の細かい動きやリスニングの微妙な音の感知には無意識で行い、意識的な思考において何をどう話すと言う事に専念できると良いのです。もし、舌の位置がどうであるとか、主語や述語がどうだとか過去形がどうだとか考えてしまうようだと、会話をするには非常に苦しい状況となります。でもこの場合には会話が不得意と言うよりは練習不足または記憶不足でしかないのです。

矛盾するように聞こえかも知れませんが、発音やリスニングは常に意識して練習する必要がありますが、目標は発音とかリスニングがそれほど意識しなくてもできるようにする事なのです。

16.話し言葉と書き言葉

本来は話し言葉と書き言葉は別のものです。もちろん英会話は英語の話し言葉です。言葉は話し言葉から始まりましたが、書き言葉がでてから徐々に話す言葉と書き言葉を一致させる規則や動きでてきましたが、現在でもこの2つには大きく違います。基本的には話す言葉は音だけで伝えるために、それ程複雑な表現には向いていません。書き言葉は書く時も読む時も時間を掛ける事ができますので、かなり複雑な事まで書けます。

しかし、話す言葉の構造は書き言葉より簡単な場合が多いのですが、話す人の声を聞いてだけでどこの出身だかとか、どのような感情で話しているが分るほどの微妙な情報を持っています。音声の声紋を調べると体格や年齢や性格まである程度が推察できます。書く文章では難しい構造の文章が書けますが、音声のようには文字以外の情報は提供しません。電子メールでしばしば問題になるのは、話し言葉を文字だけで送るため誤解を発生させるからです。電話の音声ならば同じ事を言ってももっといろいろな事を感じ取る事ができます。

話し言葉は通常は頭に浮かんだ言葉をそれ程意識せずに話すためには、母語であっても第二言語であっても、筋肉運動ですからかなりの発音の反復練習がなければ話すことができません。そのような話し方でないと、話す方も聞く方も疲れてしまい自然な会話が難しくなります。書き言葉は時間を掛けて書きますから、頭に文章さえ浮かべば特に反復練習をしなくても書く事ができます。

しかし、話し言葉を文字書く場合が多くあります。英語の教科書は話し言葉の説明が書き言葉で書かれています。でも英語を話すためには印刷された文字を読むのではなく脳が音で記憶して、それに近い音がだせるように反復練習しておかなければ使いものになりません。その音の出し方はかなりの練習が無ければ自然な発音になりません。

書き言葉を音声で伝える場合もありますが、それはラジオやテレビのニュースや政治家の演説等です。しかし、これ等の場合は聞いただけでも理解できるように、あまり難しい構文とはせず、更に話す場合にもはっきりと聞こえるような発音をします。

話し言葉を発音したり、聞いたりすることはどちらかと言えば聴覚とか肉体的な学習で、楽器を演奏したり、音楽を聞いたりする事に似ています。運動野や言語野や聴覚野を主とする全体的な脳の働きとなります。

しかし、書き言葉を使う際には頭脳だけの作業ですから、脳の働きは文法とか言語の中枢が主となります。英会話の学習者が誤り易いのは、あたかも書き言葉を書くように話す事です。話ながら文を頭で組み立ててようすると十分な発音練習がなされていないために、時間が掛かり、仮に文法的に正しい文章でも、発音がぎこちなく、聞いていても聞き取り難い傾向にあります。英会話の話し言葉は比較的簡単な構造で、話し易い音の並びとなりますので、練習してある程度慣れてくると、聞いただけで覚えられるような表現が多くなります。書き言葉よりはずっと楽に覚えられます。このように話し言葉とは音の持つ微妙な違いを発音したり、聞き取ったりするための言葉なのです。